超Aboutな旅日記

訪れた史跡を片っ端から、適当にレビューするブログです。

【レビュー】京都で一番古い橋。明治の意匠を色濃く残す、七條大橋とは⁉︎

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今回は京都の鴨川にかかる、現在一番古い橋、七條大橋を訪問することになった。今こそ、デートスポットとして有名な川だが、一昔前はほんわかな雰囲気は何処へやら、洪水やら氾濫やら頻発していたらしい。そんな曰く付きの川にかかる橋の一つ、七條大橋。どんな歴史があったのだろうか。

 

アクセス

さてまずはどこにあるか、Google MAPで確認してみよう。

地図を見ると分かるが、京都駅がある大きな道から塩小路通りを超え、七條通りに橋が建設されている。

もしここにいきたい人がいるならば、バスで行くのがおすすめだ。

ルート

①京都駅前のバス停から「東山通り・北大路バスターミナル行き」のバスに乗る。

②このバスに乗った後、「七条京阪前」で降りる。

③降りた先で大きな川の方へまっすぐ向かえば、七條大橋に到着する。

歴史

次に七條大橋に関する歴史について説明していこう。現地の案内板には以上のことが書かれてある。

七条大橋
七条大橋は、明治末期に進められた「京都三大事業」(第二琵琶湖疏水の建設、上水道事業、道路拡張及び市電の敷設)に際し、建設された橋梁である。
明治四四年(一九一一年)十一月に着工、大正二年(一九一三年) 三月に竣工し、三大事業による橋梁としては、唯一現存している。
本体の設計は、当時、東京帝国大学教授であった柴田畦作、意匠は東京帝国大学建築学科出身の建築家である森山松之助らが担当した。
親柱や金属製高欄 (現存せず)には、当時の流行を取り入れた幾何学的な意匠の「セセッション式欧風意匠」が用いられており、鉄筋コンクリート橋としては全国的に見ても規模の大きなものであった。
昭和六二年(一九八七年)、京阪電鉄の地下化に伴い、琵琶湖疏水鴨川運河が暗渠となり、疏水上の一径間が撤去され、現在は、五径間連続の鉄筋コンクリート造アーチ橋 (橋長八二メートル、幅員一八メートル)となっており、「三十三間堂の通し矢」をイメージした矢車模様の高欄に改修されている。
平成三一年三月二九日付けで、国登録有形文化財に登録された。
引用:京都市 現地案内板

まとめてしまうと、「京都三大事業」という計画の際に明治期に建設された橋であり、当時の流行である「セセッション式欧風意匠」を取り入れておしゃれになっているという。

京都三大事業とは?

この事業の目的はずばり、京都の更なる発展を目指した都市の計画となっている。

初代京都市長であった内貴甚三郎という方が計画を始めることになった(京都市上下水道局総務部総務課 令和2年1月:p16)。

最終的に最終プランは第 2 代京 都市長・西郷菊次郎が「京都市三大事業」として策定した(NPO法人京都景観フォーラム 2013.2.3:p4)。

「三大」と名がついているので、もちろん3つの大きな取り組みが行われることになる。

  1. 第二琵琶湖疏水(第二疏水)建設
  2. 上水道整備
  3. 道路拡築および市電敷設

の3つだ。

京都経済同友会の「京都再発見」がいうには、"近代都市に不可欠の基盤装置・設備(いわゆるインフラ)を整備しました。この大プロジェクトは「近代化」の仕上げと言うことができます。それにより、京都は20世紀に向けて大きくはばたくことができるようになりました。"、ということだ(経済同友会)。

つまり、この大工事のおかげで京都は当時の大都市であるパリやロンドンに近づくことができ、近代化をなしとげることができた。 

さて、今回紹介する「七條大橋」は3の道路拡築および市電敷設の一環として建てられる。

次はもう少しこの橋に焦点を当ててみよう。

七条大橋とは?

経緯

とりあえず市電という電車はとりあえず重い。いつまでも古い橋のままではその重さに耐えられない。このままでは機関車トーマスもびっくりの事故が起きてしまう…!

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機関車トーマス WIKIAより引用)

そこで丸太町橋四条大橋七条大橋が、市電の荷重に耐えられる近代橋へと、架け替えられた(京阪電車)。

建設当時、構造物に使用されだした鉄筋コンクリートを 用いたアーチ橋の中で群を抜いて巨大だったらしい(NPO法人京都景観フォーラム 2013.2.3:p9)

そして大正3年に完成し、現在まで立派な姿を見せている。

デザイン

先ほどの現地案内板を引用すると、意匠は東京帝国大学建築学科出身の建築家である森山松之助らが担当し、当時の流行を取り入れた幾何学的な意匠の「セセッション式欧風意匠」が用いられている、ということだ(京都市 現地案内板)。

まず、セセッションとは何?と思う方もいるだろう。

Wikipediaがいうには、過去の芸術様式から分離して、生活や機能と結びついた新しい造形芸術の創造をめざしたものでモダニズムの布石になった、という(Wikipedia)。

このセセッションは大正期に大いに流行ったそうだ。

とりあえず機能美や合理性を追い求めたデザインのようで、現在世界中でよく見る豆腐のような味気ないビルに慣れている私たちにとっては、無駄な装飾のないこの様式には親近感があるかもしれない。

現地レビュー

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七條大橋の前までやってきた。

ここから見ると、日本全国どこでも見れるようなただの橋に見える。

来るところを間違えたか?しかしGoogle MAPは確かにこの場所を示している。

疑問に思いながらも橋の横をのぞいてみた。

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そこには幾何学的なデザインが見えた。

これが見えた瞬間多分スーパーコンピュータの演算よりも早く、私は認識できただろう。

「これが七條大橋だ」と

大阪のおばちゃんが着るヒョウ柄服のような派手さはない。ただ機能性と合理性を重視したようなデザインだ。服で例えると、さしずめユニクロのTシャツだろう。

しかし、その機能性の中にシンプルな美しさを備えているデザイン。空気抵抗を抑えるために設計された飛行機が思わず美しく感じるのと同じだ。

そんな特徴的なデザインのおかげですぐ認識することができたのだろう。

皆はこんな残念な経験をしたことがあるだろうか。

マクドナ○ドのCMにて、掲載されているハンバーガーがめちゃくちゃ美味しくみえる。で、これを頼んでワクワクして待つ。でも実物は見本と違い、なんかバンズはシワシワだし、肉もジューシーでない。私もこの経験から広告を本当に信じてよいか疑心暗鬼になっている。

しかし皆の諸君、安心して欲しい。

どこかの女優に写真で見るより実物みた方がかわいいと感じるように、七條大橋は写真で見るより美しかった。

写真ではわからない、コンクリートの重厚感が十分に体感できる。

他のアングルからも見ていこう。

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欄干、橋の手すりの写真だ。

昔は大正浪漫あふれるデザインだったそうだが、戦争の影響でなくなったらしい。

今の欄干は最近デザインされたものだ。

デザインはまるでなろう小説でよく見る魔法陣のようで、厨二病という病気があれば問答もなく診断されるであろう、私にはとても魅力的にみえる。

しかしよく見ると矢が描かれているようにみえる。

近くにある三十三間堂の通し矢をイメージをしたものらしい。

最後に全体から見てみよう。

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綺麗なアーチが目を引く。

アーチというものは昔から主要な建築方法だったらしい。

それこそ都市に水を供給するため、古代ローマ人は「ローマ水道」を造った。その際、川や谷を渡って水を運ぶ際に橋を作ったが、それも一部はアーチ橋だった。例えば、フランスにあるポン・デュ・ガールは有名だろう。

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Wikipediaより引用)

大量の水が流れても、アーチのおかげで水圧を分散することができたという(荏原作業所 EBARA)

構造自体は原始的ながらも頑丈な造り。

七條大橋が今も現役なのはこのアーチ故なのだろうか。

以上が今回のレポートだ。

 

引用・参考

京都市 「七條大橋」 現地案内板

NPO法人京都景観フォーラム 「鴨川・まちと川のあゆみ」『KYOTO  KEIKAN FORUM 2013 SYMPOSIUM 』2013.2.3

京阪電車七条大橋(しちじょうおおはし)」 『京阪沿線の名橋を渡る』2021年12月7日https://www.okeihan.net/navi/bridge/bridge09.php

京都経済同友会 第23回 近代京都の都市基盤を築いた「三大事業」(その3)『京都・近代化の軌跡』 2021年12月7日 https://www.kyodoyukai.or.jp/rediscovery/

「ゼツェシオン」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』 2021年12月7日 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ゼツェシオン

ポン・デュ・ガール」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』 2021年12月7日  ファイル引用:Original file (3,456 × 2,304 pixels, file size: 1.58 MB, MIME type: image/jpeg)

「ジェームズの脱線」『機関車トーマス WIKIA』 2021年12月7日 写真引用

荏原作業所(EBARA)「vol.1 1985年世界遺産ローマの水道橋 ポン・デュ・ガール およそ2000年前に造られた奇跡の建造物」『人と水の歴史を旅しよう』2021年12月7日 https://www.ebara.co.jp/waterhistory/vol001.html

京都市上下水道局総務部総務課 「琵琶湖疎水記念館 常設展示」京都上下水道局 令和2年1月